2019年6月

フィンランドの教育に日本の未来を夢見る!① 2018.7

 以前、教育先進国であるフィンランドの学校の様子をテレビで見て驚いたことがあります。それは、子どもたちがとても自由に勉強していること。制服もなく、中にはショッピングセンターの紙袋に穴をあけて袖を通して登校する子もいて、さすがにその生徒は叱られていましたが、日本の教室の風景を見慣れていた私にとってはとても衝撃的でした。

 日本では中学生になると当たり前のように、それまでの私服から、制服を着て通うようになります。制服は楽だしかわいいし、それについて私は批判するつもりはないですが、ただ、その中に「なんで」と疑問を持つ子どもがいたら、それを頭ごなしに否定せず、むしろ「そういう疑問を持つってとてもいいね!」と大切にしたいと思います。前回私は、日本はどうしても人と同じことを良しとする風潮があったと書きましたが、多様な意見を認め合うことがますます重要になるこれからの時代。当たり前と思われていることの中にもなぜ?という視点を持つことは、思春期を生きる子どもたちが自ら考える力をつけていくためにも特に大切な第一歩なのではないかと思っています。

弁証法的視点のもう一つのメリット 2018.6

 前回、弁証法的視点を持つことの有用性について書きました。弁証法とは、ある考えを持った時に、それに反する考えをあえてぶつけてみることによって、自分の考えの悪いところが見えてきたり、その2つを合わせてより良い考えが生まれて来るというものですが、弁証法のもう一つ良いところは自分の意見と違う考えに対して柔軟に対応できるようになることです。常に自分の中にもう一つ反対の考えを持つことに慣れておくと、他者から自分の意見に反論されても、それを排除しようとは思わなくなります。

民主主義とは多様な意見を持つ人々が共に生きる社会であることです。しかし、ネットの世界ではしばしば自分と違う意見に対して過剰なほど叩いたり否定したり、対立する意見を認めない、排除する、ということが起きています。海外に比べ、日本はもともと画一化、横並びが良しとされてきた歴史もあり、自分の意見を否定されると自分そのものを否定されたと感じ、怒りを覚えたりする人が多いように思います。しかし、一人よりも二人、二人よりも三人の方が、多様な意見、自分にない視点が加わって、よりベターな考えが生まれるはず。自分と違う意見は意見としてすんなりと受け入れられるようになるためにも、自分の思いつきを絶対として突っ走るのではなく、常にそれを批判する自分の目を持つことは大切だと思っています。

 

情報リテラシーを磨こう!2018.5

前回に引き続き情報リテラシーのお話。情報リテラシーとは、今の時代の膨大な情報の中から、自分にとって必要なものを目的に応じて探し出し、それを活用する力のことです。現代は多くの情報があふれ、スマホがあれば簡単に必要な情報を手に入れられる時代ではありますが、中にはフェイクニュースのような嘘の情報や、かなり偏った意見もあったりします。

その中から正確で有用なものを探し出し、使いこなす力をつけるための方法として、わたしは最近よくヘーゲルが唱えた「弁証法」を考えます。弁証法とは、ある一つの物事を考えるときに、それとは反対の考え方をあえてしてみるということ。自分が正しいと思う事柄に対してそれとは逆の考え方や、否定する考えを持つことによって、自分の考えの悪いところが見えてきたり、その結果より良い意見や新しい考え方が生まれたりするのです。つまり、Aという結論を持つにしても、単純にAは正しい!と思い込んで突っ走る事と、Aとは逆のBという意見を考えてみて、やはりAが正しい、と思うのとでは、結論は同じでも全く違うということです。わたしはこのことはこれからの時代ますます大切なことだと考えています。インターネットに代表される情報の中には真偽が不明なものもたくさんあります。一つの情報のみを鵜呑みにして正しいと信じ込むのはとても危険であるし、何より自身の考えを持つ力を鍛えられません。自分にとって必要な情報を得たときに、それとは反対の視点を持ち、これは本当に正しいのだろうか、そして、より良い結論を導けるように自分の頭で考える。これがとても大事なことだとわたしは思うし、なにより論理的思考力をつけるためにもとても有効なのではないかと思います。

 

第1回 情報リテラシーを磨こう 2018.4

  今回よりタイトルが「未来の話をしよう」に変わりました。わたしたちは皆、日々生活をしながら常に未来に向かって生きています。そんな一人一人の未来が希望あるものであるよう私はいつも願っています。そして、そのためにはどうしたらよいのか、特に、これからの時代を生きる子どもたちに、親世代のわたしたちが、少しだけ先輩として何か少しでも伝えられることがあればと思っています。

さて、わたしが子どもだった時代からは考えられないほど情報化社会の現在ですが、正しい情報だけではありません。むしろ、誤った情報の方が多いときすらあります。そんな現代を生きる我々には「情報リテラシー」が必要だと常々思います。情報リテラシーとは、情報を自分の目的に合わせて活用できる能力のこと。一つの情報のみを信じて鵜呑みにするのではなく、それとは別の考えや反対の意見も知ったうえで冷静に自分で検証して判断する力をつけることがこれからはますます必要です。そのために必要なのは自分で考える力、つまり論理的思考力、つまり国語力をつけることがなにより大切だと思います。

 

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